俺節の感想を書き殴ってしまった

 

 

私なんぞの語彙力で語るのは恐れ多いけど、

でもやっぱり語らずにはいられなかった。

 

 

メトロックで関ジャニ∞にハマってから一ヶ月と少し。

安田さんが気になると言っていたら、知り合いが行けなくなった俺節の舞台のチケットを譲ってくれた。

 

「安田さん舞台やるんかー、そっか、見に行こう!」

軽い気持ちで受け取ったチケット。

それに対して加熱する東京公演の感想ツイート。

「泣いた」「感動した」「この舞台は本当にいい」

「座長がすごい」「歌のパワーがえげつない」

eighterのみならず、演劇の関係者の人までそんなことを感想として言っていた。

 

「おいおい、そんなにやばいのか、とんでもない舞台に行くことになってしまったのかもしれない」

 

観劇の日が近づくにつれてソワソワしていました。

迎えた当日。

席を見て驚愕。

1階6列目の席。

いや近すぎ、なにこれ。

 

緊張感が高まる中始まった俺節

最初は近いが故に「わー、安田さん瞬きしてる」

とか思ってたんです。

邪念しか無かったですすいません。

 

 

舞台が始まって2分後には私の中で舞台を通して見る安田章大はいなくなった。

そこには海鹿耕治しか存在していなかった。

 

これはもう演技じゃなく、

本当に今その瞬間に海鹿耕治が存在して歌っている、本当にそう思った。

 

憑依型と言われる彼の演技やけど、

コージの場合はなんとなくその表現は違う気がした。安田章大がコージに憑依したのではなく、コージの魂が安田章大の体を借りて存在しているのではないか。

いや、そもそも安田章大は海鹿耕治なのか…

 

なんだかよく分からなくなってきたが、私が6列目で見ていたのは安田章大ではなく、まぎれもなくコージだったということ。

 

 

この舞台は間違いなくこの時代における最高傑作やと思う。

って舞台観劇初めての私が言っても説得力の欠片もないが、でも本当にそんな表現が大げさではないぐらいの作品。

 

私はこの俺節という舞台が、見た人の世界を変えた、そんな瞬間に立ち会えて本当に良かったと思う。

 

言わずもがな歌が最大の鍵になるこの舞台。

安田さんは歌が上手いということは十分知っていた。

でもこの舞台で感じたのは上手い下手のレベルではなかった。

 

人が沢山見てるから「めぐせえ」と言っていた時のコージの歌声と、テレサへの気持ちが大きくなってきた時の歌声、大事な人と離れ離れになった時の歌声。そしてラストのずぶ濡れになりながら歌った時の歌声。

 

表現力が半端ではないし、本当に舞台の上で歌声が別人のようになっていく様子が本当にぐっときた。

 

「おらには歌しかねぇんだ」

この言葉に思わず納得できるような、そんな歌声だった。

 

心に響く歌声ってよく言うけど、このコージの歌声は違う。

聴いていて魂を抉られるような、そんな歌声だった。

自らの命を削るように歌う彼だが、見て聴いているこちら側も同じように魂に刺さり、揺さぶられ、最後には抉られて持っていかれた。

 

 

こんな素晴らしい舞台だから、

好きなシーンや言葉は山ほどある。

今まで中途半端にしか生きていなかった私にとって、共感できる言葉やグサリと心に刺さるような言葉も沢山あった。

 

 

・そんなにしょいこめねぇ

・俺一人に背負わせてけろ

・踏んづけられるのは慣れてるべ

・一緒に失敗してやってよ

・誰かの重荷になりたくない

・あんたさぁ、踏み台にすらなれないんだね
・お前がなんもかんもよ夢も希望も女もプライドもなぁんもなくなったら、俺とちょうど良くなると思ってよ
・この歌を否定されたら自分を否定されるぐらいの曲を書いた。見る前から否定しないでくれよ
・俺じゃダメなんだよ!お前が歌わないと伝わらないんだ

 

 

ニュアンスやけど、今ざっと書いただけでこんなに出てくる。掘り起こせばもっと沢山ある。

 

この言葉たちは一生私のお守りにしていくつもり。

それにしてもオキナワのセリフ率高い。

 

 

最初に弱音だったり本音だったりで、コージや周りの人からポロっと出た言葉が、ラストに向かうにつれてコージが成長したことがわかるセリフに変化して出てきてる。

2回目を観劇してわかった時に鳥肌が立った。

 

思い返して打ちながら涙が出てきた。

 

 

そしてやっぱり一番語りたい、語らなければならないのは最後の雨の中歌うシーン。

前をしっかりと見据え、悔しそうで、でもきちんと決意が宿った目をして、でもどこか悲しそうで。

 

 

 

美しかった。

 

 

 

雨で段々とスーツの色が変わっていく、

ギターが濡れていくにつれて

彼の歌声が変化していった。

 

気づいた時には涙が止まらなくて

とめどなく溢れて仕方がなかった。

自分がなぜ泣いているのか、

何がどう刺さったのか、

言語化することなんてできなくて。

自分でもよくわからない状況で、

ただひたすら泣いていた。

 

 

舞台が終わってからは感情がグチャグチャになり放心状態。なんというかコージにエネルギーを全て持っていかれたような感じ。

ずっとずっとずっとコージの歌が頭の中で鳴り響いていた。

いい意味で経験したことのない虚無感を味わった。

すごいものを見てしまった。と。

 

 

そして大千穐楽後に、共演者の方々が口々に座長を褒めてて、本当にいいカンパニーだったんやなって。一つ一つの細かい役もそれぞれが光ってて素晴らしかったな。

 

そんなカンパニーのみんなに愛され慕われ、背中を見てついて行きたいと思わせた座長はやっぱり凄い。

 

 

安田さんはきっと海鹿耕治の人生を背負って舞台に上がっていたんやろうけど、コージは私の姿に、人生に重なった。

私のための舞台だと思った。

これってきっと北野先生が言ってた

「客は歌い手の中に自分を見出す」

ってことよね。

この舞台は見てる人にちゃんと伝わってるよ。

刺さってるよ。

 

 

 

私の中で俺節を終わらせたくなくて、コージを、オキナワを、テレサを、あの横丁のみんなを、そしてなによりあの歌声を忘れたくなくて。

 

どうか終わらないでと終盤にさしかかるにつれてずっと思ってた。

でもその反面で早く安田さんを楽にしてあげて欲しいと思う気持ちもあった。

 

あれだけのエネルギーを使う舞台をやってて、日によってはそれを7時間もこなしてて。

ものすごく痩せてしまって。

何だか不安定で崩れてしまいそうで。

安田さんが消えてしまうんじゃないかと思った。

 

 

命を懸けて安田さんが演じきった俺節

私はずっと一生胸にしまって生きていく。

 

たくさん貰ったセリフをお守りに、

俺節という舞台を心の道標にする。

 

 

きっと安田さんから海鹿耕治が抜けるのはかなり時間がかかるんやろうと思うけど、とりあえず今は休んでほしいなぁ。

 

ももう1度俺節を噛み砕かないと。

 

 

何も一生懸命にやらずに中途半端に生きてきた私。この舞台にこのタイミングで出会えたのは運命なのかもしれない。

コージのように泥臭く、前だけを見て努力し続ければ何かが変わるんだろうか。

 

 

もっとちゃんと生きてみようと思った。

 

 

 

この舞台を忘れたくない。

記憶が新しくなるのが怖い。

そんなふうに思えた

この舞台に出会えて本当に感謝。

 

 

 ありがとう